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陰謀の赤 (その1)

2007.02.07 (Wed)

久々、大ヒットのワイナリーへ行ってきました。

アレッツォから自動車道で約1時間30、フィレンツェ郊外、
キャンティ、ルフィーナ地区にあるこのワイナリー、
「カステッロ ディ トレッビオ」 を紹介します。


価値のある訪問の理由:その1

「歴史的価値」

このお城、トレッビオはフィレンツェの銀行家パッツィ家によって1184年に築城されました。
現在残っているお城ではフィレンツェ地区で一番古く、そしてまた
人が現在も住んでいるということもとても価値のある城です。

写真のお城の入り口を入りますと、こじんまりとした中庭があります。
中庭に面し、数個の入り口、井戸、装飾された柱が印象的です。
そして正面にはパッツィ家の紋章が。。。
uDSC00973.jpg

More・・・

では、歴史的ストーリーを。。。

中世時代、トスカーナの支配者メディチ家と当時の城の持ち主パッツィ家は敵の関係にありました。
1478年、パッツィは、ロレンツォメディチの暗殺を策略。
その陰謀には法王も手を貸したとか。。
陰謀策略の場となったのがこのお城の一室といわれています。
パッツィはある日曜のミサの日、暗殺を決行、ロレンツォは暗殺を免れ、
弟のジュリアーノが暗殺されました。
すぐさま、ロレンツォは復讐を実行、パッツィ家は全滅してしまったのだそうです。
皆殺しによって、この城はメディチ家の手に渡りました。
ロレンツォは城中のパッツィ家の紋章を排除しましたが、
たった一つだけ残したパッツィ家の紋章があります。(写真の紋章)
どうして、残したのか。。
それはこの紋章は偉大な彫刻家ドナッテッロの作品だったからなのだそうです。
さすがは、文化を繁栄させたメディチ家ですね。。。

その後、お城に興味がなかったメディチ家はこの城を
司教さんに寄付したそうです。

近代になると、市の管理から離れスイスの資産家が1968年に
買い取りました。
40歳年の離れた奥さんへのプレゼントだったそうです。
なんてロマンチックなストーリーなのでしょう。
今は、娘のアンナさん夫妻がワイナリーとアグリを経営しています。

そのワイナリーの話はまた明日。

城の中庭です。
uDSC00990.jpg

uDSC00971.jpg

uDSC00968.jpg


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17:48  |  ワイン  |  Trackback(0)  |  Comment(1)

Comment

司教さんに

寄付がすごい!!
けいこちゃん |  2007.02.08(木) 11:42 | URL |  【編集】

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